音楽批評の再定義とは?
音楽ジャーナリズムに新たな波を呼んでいるのが、UUUM株式会社に所属する音楽ジャーナリスト「みの」です。彼の発信する楽曲批評動画は、単なるエンターテインメントではなく、音楽文化全体への関心を呼び起こす重要な議論を引き起こしています。「音楽の批評は死んでいるのか?」という問いかけに、多くの音楽ファンや言論界、文芸界が反応し、世代を超えた議論を巻き起こしています。
音楽の消費と批評の価値
ストリーミング音楽が主流となった現代、私たちの音楽の享受方法は革命的に変わりました。音楽は瞬時に消費され、時としてその背景やメッセージが見過ごされることも少なくありません。そこで、みのは立ち止まり、音楽の批評が持つ本来の価値について問い直そうとしています。かつて音楽雑誌が担っていた批評の役割が、今、再定義されようとしているのです。
音楽ジャーナリズムの課題
この議論を促したのが、サカナクションのボーカル山口一郎氏の発言です。音楽業界の批評とジャーナリズムが不在であると語り、その問題提起を受けたみのは自身の動画で音楽業界の抱える「構造的な不都合」の実情に切り込んでいます。特に、アンチ活動と批評が混同されがちな現状や、音楽ライターが直面する厳しい経済的制約を指摘しました。文筆活動が経済的に厳しい中で、忖度せずに真実を伝えることが難しいという構造的な課題が浮き彫りになっています。さらに、みの自身も「優しい批評」に加担していたのではないかと自省し、批評家としての責任を感じています。
SNS時代の音楽批評
みのが公開した特定の楽曲に対する批評は、SNS上で多くの反響を呼びました。たとえば、Mrs. GREEN APPLEの「ライラック」については、SNS時代における過剰な情報量に対する音楽的な構造解析を行い、音楽の本質に迫る興味深いアプローチが評価されています。また、サカナクションの「怪獣」に対する批評では、著名なバンドの保守的な側面を指摘し、現代の音楽シーンにおけるリスクを取らない姿勢に一石を投じています。
みのの対話の場
みのは自らの活動を「視聴者との思考のプロセスの共有」と定義しています。音楽業界のプロモーションと批評が経済圏である以上、自由な意見を出しにくい状況は避けられないと言います。しかし、SNSにおける誹謗中傷とは裏腹に、音楽についての「優しい言葉」が流通している現実にも疑問を投げかけています。そのため、より深い音楽批評の場を提供しようという思いで、彼は活動を続けているのです。
なぜ今、批評が求められるのか
AIのリコメンドが標準化した今、個人の熱量や主観的な意見への需要が高まっています。本来の音楽文化を豊かにするためには、専門的な知見と生身の言葉の価値が再認識されるべきです。みのの活動が示すように、独自の視点を持ってリスクを取ることが、新たな文化を創る一歩となるのです。音楽は、単なる楽しみの枠を超えた価値を持ち、多くの人々の心に響く声であるべきです。
みのについて
みのは1990年にシアトルで生まれ、日本に拠点を持つ音楽ジャーナリスト・クリエイターです。彼のYouTubeチャンネル「みのミュージック」では、音楽についての深い分析や解説を行い、高い支持を得ています。彼の著書も、音楽の歴史や文化を問う重要な文献となっています。
今後彼がどのように音楽ジャーナリズムを変えていくのか、その動向が注目です。