被爆体験の継承者、小倉桂子さんの挑戦
2025年に88歳を迎える小倉桂子さんは、被爆体験の継承者として世界にその声を届け続けています。彼女は2021年からカメラに追われ、その活動の様子を映し出してきました。特に彼女の存在は、2021年のG7広島サミットや、2022年のノーベル平和賞授賞式など、国際的な舞台で光を放つこととなりました。小倉さんは独学で英語を学び、海外の人々に直接語りかける姿勢を貫いています。内心の葛藤や覚悟を抱えながら、彼女は何を思ってその場に立っているのでしょうか。
被爆体験との向き合い
小倉さんは8歳の時、広島の爆心地から2.4キロメートルの場所で被爆しました。幸運にも軽傷で済んだものの、目の前で人々が倒れていく光景は心に深い傷を残しました。その悲劇を心の奥底にしまい込み、語ることは長らくありませんでした。しかし、42歳の時に夫の突然の死が彼女の人生を一変させます。彼は英語が堪能で原爆資料館の館長として活躍していました。悲しみの中、彼の遺志を受け継ぎ、被爆者の声を世界に届けることに決めました。
証言活動のきっかけは、夫の代わりに通訳をしたことでした。この依頼を受けたことが、彼女の人生の新たな転機となりました。最初は通訳に専念していた小倉さんですが、次第に自らの被爆体験を語ることになるのです。そして、国内外で約40年間にわたって続けられた発信の中で、彼女自身の思いを多くの人々に届ける努力に没頭してきました。「来年の8月6日、わたしは元気でいられるかな?」と考える小倉さん。高齢化がその時間に制約を与えつつも、平和への種を蒔いていく使命感を抱いています。
思いを伝える新たな手法
小倉さんの活動の中で、特に注目すべき出来事がありました。2022年、教育現場が被爆体験の継承に必須であると考えた小倉さんは、アメリカのアイダホ大学を訪れました。そこで彼女が目にしたのは、広島の高校生が自主的に製作した紙芝居でした。この紙芝居は、小倉さんの体験を語るものであり、彼女はその内容に深い感銘を受けました。
アメリカの学生たちもこの紙芝居を通じて被爆の惨状を学び、意識が大きく変わる様子が見られました。彼らはさらに、その紙芝居を英訳する活動を始めました。小倉さんの思いが確実に世界の若者たちに引き継がれていく瞬間を目の当たりにし、彼女は感動を覚えます。今や、彼女の教えは遠い国へと広がり、教育を通じて多くの人々の心に響いていくのです。
未来への願い
小倉さんは、「私の役目は、若い人の心のろうそくに火を灯して、自分がやらねばという気持ちを起こさせること」と語ります。この言葉からは、彼女の強い意志と使命感が伝わってきます。自身が語ることで、他者がその思いを引き受けて行動するきっかけとなることを望んでいるのです。
取材を通じて彼女と出会った石井百恵ディレクターは、その人間力と言葉の力に魅了され、小倉さんとの継続取材を行いました。取材を続ける中で、彼女の周りに自然と人々が集まり、次々と新しい出来事が生まれていく様子を感じ、思わずカメラを手にすることになります。その結果、2年前にはドキュメンタリー番組が完成しました。今、彼女のメッセージは未来へとつながる希望のバトンとして、次世代に引き継がれているのです。
小倉さんの活動の意義
現在、被爆者の平均年齢は86.32歳と高齢化が進んでいます。小倉さんは度々「最後の仕事」という言葉を口にし、未来へとつなげる重責を感じています。彼女の活動は、なぜ継承が必要なのか、そして過去の悲劇を繰り返さないために我々がどのように行動すべきなのかを教えてくれるものです。彼女の語る思いが、次世代に平和の種として根付いていくことを願っています。