夏木マリ、ブルーノートでの特別な夜
2026年5月15日、名門ジャズクラブ・ブルーノート東京で開催された夏木マリのライヴ「MARI de MODE 8」は、彼女の音楽の深淵を探る特別な機会となった。様々な分野で活動する夏木だが、音楽が彼女の表現者としての原点であることに間違いはない。彼女の声には、少女のような無邪気さと日本型ブルースの深い精神が宿っている。これが、彼女が多くの人々に愛される理由なのである。
ライヴは「ハロー、ブルーノート!!」とのかけ声で始まり、豪華なメンバーがステージに立った。夏木マリ(ヴォーカル)、村石雅行(ドラムス)、田中義人(ギター)、真船勝博(ベース)、井上薫(キーボード)、柴田敏孝(ピアノ)、斉藤ノヴ(パーカッション)といった実力派揃いだ。
ライヴのオープニングを飾ったのは、夏木の芸能生活50周年を記念して発表された「東京ブギウギ」だった。彼女はジャジーなアレンジで鮮やかに演奏し、観客の心を捉えた。また、「お掃除おばちゃん」と続く中では、彼女の圧倒的な存在感で会場の雰囲気は一気に熱狂モードに変わった。世代を超えた多くのファンから感嘆の声があがる中、夏木自身も絶好調の様子で「8回目で~す。1年経つのは早いわね」と客席に語りかけた。
続いて披露された「鎮静剤」では、人生の新たな一面を映し出す詩的な表現が印象的だった。夏木の深い声には、彼女の豊かな人生経験が色濃く反映されており、曲の背後にあるストーリーを聴衆にしっかりと伝える力があった。続けて演奏された「Musician」「二の腕」「私は私よ」といった曲は、彼女の人生観から生まれた音楽であり、聴く者に共感を呼び起こす独特の情感を持っていた。
ライヴの合間、夏木は「セロニアス・モンク」という曲に触れ、音楽の楽しさとその背後にある哲学について熱く語った。モンクの変則的なコード進行を称賛し、彼自身の音楽に影響を与えたことを説明した彼女の言葉は、演奏そのものに力強さを与えた。ステージ上では、演奏中に彼女がピアノを弾く柴田の傍に座って連弾を披露する場面もあり、聴衆はその瞬間を共に楽しんでいた。
ブルーノートという空間は、夏木にとって特別な意味を持っていた。豪華絢爛な雰囲気の中で、彼女の音楽が生き生きと表現される様子は、まさにお互いにフィットしていた。ライヴの後半では「アルコール」「私のすべて」といった曲が披露され、彼女の歌声はさらに力強く響き渡った。夏木の歌には、ブルースの普遍性が宿っていることが強く感じられ、聴衆はその魅力を存分に味わった。
さらには、宮崎吾朗氏のアニメ「山賊の娘ローニャ」エンディングテーマ「PLAYER」にも触れ、オリジナルに焦点を当てたセットリストがもたらした感動に、彼女自身も嬉しそうに聴衆に問いかけた。曲の合間に盛り上がりをみせた「Cry Baby」では、感情が爆発し、彼女の力強いメッセージが会場を包み込んだ。
最後に演奏された「60 Blues」は、彼女の人生の浮き沈みをユーモラスに描き出した作品だった。「私の人生笑ってやってください」と語りかけ、聴衆を一体感で包み込んだ後、アンコール曲で締めくくった。これまでの衣装が展示された空間には、彼女の個性が表現され、観客はその魅力に触れた。
2023年現在、74歳となった夏木は、国内外で多様な表現活動を続け、常に進化を遂げている。彼女にとってブルーノート公演は、自己の音楽の原点を再確認する重要な儀式のようなものであり、ライヴを通じてさらなる高みを目指し続ける姿は、多くの人々に勇気とインスピレーションを与えている。この特別な夜は、確かに彼女の音楽の真髄が垣間見えた一夜だった。
(ジャーナリスト・文筆家 岩崎貴行)
(撮影: 高橋慎一)